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淡路ホンダ物語Story

  • 1950

    洲本市本町にて創業

    淡路島洲本市本町にて、自転車製造業からモーター付き2輪車に将来の夢を託して創業。

  • 1959

    ホンダスーパーカブ総代理店へ

    ホンダスーパーカブ総代理店になり、対人口販売比率で2年連続の日本一になる。この時代は、2輪オートバイから4輪自動車への大きな変革の流れを感じた時代でもあった。

  • 1964

    本田技研工業と総代理店契約へ

    営業拠点を現住所の洲本市桑間へ移転。淡路島でのモータリゼーションの波に乗り遅れないように、ホンダ製品を信じ、本田技研工業と総代理店契約をする。2輪車も4輪車も、そして船の船外機、耕運機や農民車の販売・修理を始める。従業員も増え、組織も次第に大きくなり、手狭になった桑間の地も周辺の田んぼを買い増ししながら資産も増加する。

  • 1974

    大衆車の販売と軽トラックの販売が好調

    会社は、ホンダから世界が認めたシビックCVCCが発売され、大衆車の販売と軽トラックの販売好調で日本の高度経済成長の波に乗れた絶好調期にあった。本田技研工業三代目 久米社長来社。各自動車メーカーが最も勢いのあった時代である。
    従業員:33名/売上:7億3千万円

  • 1984

    新車販売に特化した店舗経営へ

    ホンダの4輪正規ディーラーであるホンダプリモ淡路として新車販売に特化した店舗経営を始める。日本全体が高度経済成長によるバブルの時代だった。台数至上主義がディーラー経営の基本となっていたため、あまりお客様目線ではない事業運営となっていた。
    従業員:35名/売上:12億4千万円

  • 1993

    志筑店がオープンし、2拠点体制へ

    ホンダプリモ淡路の志筑店がオープンし、2拠点体制にて淡路島全島での存在感を内外に示す。しかし、このころバブルがはじけた日本の未来に危機感を覚えた時期でもあった。
    従業員:40名/売上:20億円

  • 2003

    ホンダプリモからホンダカーズへチャネル統一

    本田技研工業との取引契約変更や経営環境の激変で、事業再編や合理化で危機感と将来への不安を感じた時代であった。2輪車事業の転換と収斂、志筑店の閉店。2004年10月台風による大災害発生。ホンダプリモからホンダカーズへチャネル統一。
    従業員:35名/売上:13億円

  • 2013

    理念経営へ転換、社内体制の再構築へ

    構内を整理し、大改装。新しいディーラーの形づくりを始めた。イベントカフェディーラーとして県から経営革新計画事業として認定を受ける。理念経営への転換に伴い、将来に向けた社員の育成プログラムを充実し、人事評価制度改定。社内体制の再構築を始める。
    従業員:33名/売上:18億円

  • 2016

    トータルモビリティサービス構想をスタート

    トータルモビリティサービス構想をスタート。Jネットレンタカーを観光客向け事業としてスタートし、サービス業界へ一歩踏み出す。

  • 2018

    TOMOVISブランド立ち上げ

    事業部を再編し、ディーラー事業部とTMS事業にて将来に向けてTOMOVISブランドを立ち上げる。
    従業員:42名/売上:21億円

  • 2020

    創業70周年予定

洲本IC降りて車で3分
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